大阪高等裁判所 平成元年(う)8号 判決
本件は被告人が長年連れ添った妻が病院で突発性間質性肺炎と診断され入院後数日して老人性痴呆症の症状も出現し,咳などの発作で苦しむ様子を見かね,かつ,昼夜を分かたぬ看病に疲れ,妻を楽にさせてやりたい一心から同女を殺害したという殺人罪の事犯であるところ,被告人は妻が入院後2週間も経たないうちに本件犯行に及んだもので,その行為は軽率かつ短絡的であって,何としても人命軽視のそしりを免れ得ないこと,同女は年齢が69歳であって今日の社会においてはそれほど高齢とはいえないし,不治の病に罹患していると断定されたわけでもなく,まして被告人に殺害されなければならないような理由があるとは認められないこと,被告人の側ではA女が母の転院先の病院を探していた矢先にA女の留守を選んで本件を敢行していること,行政機関の福祉更生施設などに救済を求める等他に取るべき手段が全くなかったとはいえないこと,被告人と同じような立場におかれながらも患者の介護に精一杯の努力をつづけている事例が決して少なくはないことなど,本件犯行に至る経緯,本件犯行の罪質,動機,態様,結果,被告人と被害者との関係,生命の尊厳及び社会的影響等にかんがみると,その犯情及び刑責は重大であって,してみると,被告人は妻に老人性痴呆症の症状が出現し,咳などの発作で苦しむ様子を見かねて本件犯行に及んでいること,被告人は同女の病状がこのまま続けば同女の痴呆症状が一段と進行し,その看病のため一家共倒れになるのではないかとおそれ,せめてA女だけでも助かればよいと考えて単独で本件を敢行していること,被告人自身も本件犯行後後追い自殺をするつもりであったこと,被告人には妻の病状等について親身になって相談できる親族や知人がいなかったこと,本件犯行直後に自首していること,遺族であるA女が被告人に対して寛刑を望んでいること,被告人はこれまで社会人としてまじめに生活しており前科がなく,ここ10年間は家業の菓子小売業をA女に任せて病弱の妻の世話に専念してきたこと,被告人が74歳という高齢であり,本件後は反省悔悟して妻の冥福を祈る日々を送っていること等所論の指摘する諸情状その他を十分斟酌しても,被告人に対してその刑の執行を猶予するのは相当でなく,被告人を懲役2年に処した原判決の量刑が破棄しなければならないほど不当に重過ぎるとは考えられない。
なお,本件については,弁護人から嘱託殺人の主張がなされたが,これも排斥した。